「対馬バーガー」は完成したものの、すぐに経営が軌道に乗った訳ではなかった。資金面では対馬市の創業支援事業補助金を利用し、大いに助かったが、決して順調な滑り出しとはいかなかった。
「起業して2年間はしんどかった。新聞配達もしたけど、楽しかった」と、KiYo氏は当時を振り返る。5年の本土生活で、特に営業の仕事でポジティブ思考を身につけたことが大きかった、とも。最初の2年間を乗り切れたこと、辛抱できたことが、その後の成功につながったとも言えそうだ。
店舗の経営が軌道に乗ると、北の方の顧客開拓のため、イベントに出店するためにキッチンカーを導入。さらに福岡ではキッチンカー、韓国の釜山では店舗をオープン。コロナ禍で釜山店は閉めたが、好機が来れば復活する予定だという。