毛利高政の陣屋跡は特定されていないが、彼が築いた結石山の砦はその石垣が残っているという。結石山(ゆいしやま)は河内の北にあり、古の頃より“結石山の桐”として知られ、万葉集にここの桐でつくった琴を詠ったといわれる歌もある、という由緒ある山だ。
また、加藤清正がつくらせたといわれる砦の跡が「肥後殿の城」と呼ばれ、そこを整備して韓国を眺望する展望台をつくるという計画を聞いたのが2003年。対馬北部では棹崎を含めると4番目の韓国が見える展望台だ。
2020年に再び訪れると、「結石山森林公園」として城跡が整備されていた。これが「肥後殿の城」というのは伝承の類いのようで、また毛利高政が築いたかどうかも明確ではないようだ。
確かに空気の澄んだ日には韓国が見えそうだが、要所に置かれたテーブルとベンチがピクニック気分のもので、歴史遺産にふさわしいか等、いろいろ見解がありそうだ。