対馬全カタログ「村落」
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2021年2月1日更新
美津島町
赤 島
【あかしま】
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『日本残酷物語』で
語られた
明治の開拓者たちに脱帽
宮本常一に見つけられた島
 厳原市街から車で北へ約40分。半島先端の住吉大橋を渡れば沖島、さらに赤い赤島大橋を渡った先にこの島はある。
 「赤島」とは島の名前であるとともに、島に点在する4つの集落の総称でもある。対馬の東海岸のほぼ中央に位置するこの小さな島が、一部の人間にではあるが、全国に知られたことがあった。
 昭和25年に"歩く民俗学者"と言われた宮本常一(1)がこの地の老翁に取材し、彼が語ったことを物語風にアレンジして、昭和35年に発表した。『日本残酷物語第2巻』に収められた「ある老人と海」の部分がそれに当たる。いくらか脚色があるとも言われているが、そのベースとなる話の骨格は正しいようだ。彼が書かなければ、おそらくその苦難の日々は、歴史とはならなかっただろう。
小瀬戸にかかる赤島大橋
瀬戸内海からの移住
 ここは広島の向洋の漁民が移住した村だが、そのすべての始まりは19世紀初頭の江戸時代文化年間に、広島の安芸藩の姫が宗家32代宗義和に嫁いだことにある。年に2回、広島対馬間を通信船が往復し、その漕ぎ手に向洋漁民が雇われた。
 その漁民たちが対馬に来て、まず驚いたのが魚影の濃さだった。さっそく入漁を願い出て許可されると、毎年4月に向洋を出て約半年間、対馬周辺の漁場でイカ漁に従事した。
 最初に赤島に住んだのは向洋出身の漁師夫婦だと本では語られている。その後橋本松治が住み、弟米助を呼び寄せる。この橋本米助がかの物語の語り部であるとともに主人公であり、赤島の恩人として語り継がれている郷土の英雄である。
定置網の修理
村全域、借地
 「ある老人と海」で語られたのは、対馬に残る旧弊とそれによって虐げられ闘う主人公たちの物語だった。
 かつて対馬藩は島民を土地に縛り付ける政策をとった。そのひとつに本戸制(2)があり、村の入会権を持つ家を「本戸」とし、それを土地とともに長男相続として、次男三男は「寄留」として共同体に関する権利を許されなかった。明治になってもそれは維持され、「本戸」と「寄留」は既得権を持つ家と持たない家を表す言葉となり、それは定住した外来の漁民たちにも適用された。
 本戸の住む親村との間にかわす土地の借用証には、借用条件としてさまざまな難題が記されたようだ。何十年住んでも土地の購入が許されず、赤島の人たちは戦時中に朝鮮半島に土地を買った。
 赤島住民にとって念願の赤島大橋が1979年(昭和54年)に完成した。赤島と対馬本島は自由な往来ができるようになったが、2003年、撮影に立ち寄った時に、傍で撮影を見ていた土地の老翁がつぶやいた。「100年住んでおっても、土地も買えん。」あれから17年。2020年の今はどうだろう。
小瀬戸と赤島大橋(左が赤島、右が沖島)
天然塩づくりに最適な海
 赤島周辺には2カ所、製塩所がある。もちろんどちらも天然塩だ。1カ所は対馬の名産品として、ふるさと納税の返礼品にも選ばれている「藻塩」だ。返礼品の説明には次のように書かれている。
 「対馬の中でも特に美しく、透明度の高い場所の海水を汲み上げて、海水と対馬で作られたひじきを一緒に炊き込み、職人が30時間かけて手作業で仕上げた天然塩です。」また、別の所には「海水をくみ上げて職人仕事で約2日かけて完成させた藻塩。職人権藤光男がくみ上げる海水は早朝のとびきり綺麗な日のみ。」と。
 もう一方の塩は、現代版流下式塩田ともいえるもので、「天日塩」だ。くみ上げた海水を、逆浸透膜を利用した1次濃縮装置を通し、次はネットを利用した2次濃縮装置で自然の風や太陽光の熱で水分を蒸発させ、塩分濃度を高めていく。2次濃縮の工程を繰り返して、濃い塩水(鹹水)をつくり、今度はそれを温室で自然乾燥させる。こちらはポンプ以外は100%自然エネルギーだ。
 天候に左右され、生産も安定せず、時間もかかるし、生産量も少ない。その分コストもかかる。しかし、この塩でなければ、と買い求めてくる九州の味噌や醤油造りの老舗、会員制の顧客などの期待に応えるために、このスタイルの製塩にこだわっている。
 ここで塩づくりを始めた橋本さんは福岡出身で、1999年に対馬に移住した。ここの海水がきれいで、そのくせプランクトンが豊富で藻の生育がよく、ミネラル分が多い。それがここを選んだ理由とのことだった。
流下式2次濃縮装置
「エメラルドグリーンの海」と奇岩群
 藻塩の製塩所は赤島大橋がかかる瀬戸にある。その瀬戸の海が「エメラルドグリーンの海」として、観光案内パンフレット等にも紹介されるようになった。海の透明度が高く海底の比較的浅いところに白砂が堆積していれば、海は「エメラルドグリーン」になる。
 リアス式海岸がほとんどの対馬では珍しく、三宇田浜、茂木浜などの海水浴場や、シーカヤックのコースの一つになっている黒島の遠浅の海が美しいと評判だ。
赤島大橋からの眺め
 また、赤島の外海側には、荒波によって柔らかい岩(砂岩)が削られ、さまざまな文様や面白い形状を残した磯がある。丁寧に観察するとなかなか面白い。観光用ブックレットでは「赤島奇岩群」として紹介されているが、時間に余裕がある時に訪れ、磯に刻まれた文様や小さな岩のオブジェをゆっくり楽しんでほしい。
 ただ砂岩は柔らかいので磯歩きには注意が必要だ。底の柔らかい靴で、ゆっくり歩いてほしい。
岩からキノコが出ているような・・・
大きな亀のような・・・
【地名の由来】 地表が赤土に覆われ、山肌が赤いため。
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