2022年1月28日更新
対馬醤油
【つしましょうゆ】
対馬の味を支えて130年。
江口醤油は今、多品種・全国展開。
新たな挑戦に踏み出した
対馬の味は、江口醤油から
対馬の醤油といえば「江口醤油」だ。現在はこれ一択といってもいいほど、対馬のほとんどの家のキッチンには、江口の「強力淡口醤油」が置かれている。
最近でこそ、全国ブランドの醤油が島のスーパーにも並び、それを買い求める人も増えてはいるようだが、やはり対馬は「江口醤油」。対馬のお袋の味は江口の「強力淡口醤油」がつくってきた。
金石川の河口近くのこの地に店を構えて既に125年
対馬の食とともに130年以上
江口醤油の創業者・江口卯吉は、かつて焼酎を製造していた。そして、ある日、島の人のために自分がやるべきこととして、焼酎ではなく醤油を作ることが、島民の生活を豊かにすることにつながると考えたそうだ。
1887年(明治20年)に江口卯吉は、江口合名会社を創業した。当時、何軒の醤油屋があったかの記録はないが、1922年(大正11年)の資料『対馬通覧』では醤油製造所は12となっており、その35年ほど前にも島内には10軒ほどの醤油屋があったのではないだろうか。その中でどうシェアを伸ばしていったかを知りたいところだが、その件に関する記録はないようだ。
江戸時代、醤油は発展途上食品だった
醤油は室町時代後期に登場し、当初は味噌の上澄み液を調味料として使う「たまり醤油」だったが、現代の醤油につながる醤油の製法は、16世紀中頃、いち早く醤油が普及した京都、あるいは京都周辺で誕生したと考えられている。(諸説あり)
17世紀中頃に兵庫県の龍野で淡口醤油が発明され、京都はもちろん、菱垣廻船を介して全国に広がっていった。それが後の「ヒガシマル醤油」。また、淡口醤油誕生とほぼ同時期に、関東で濃口醤油が発明されと言われている。17世紀の終わり頃には、醤油屋だけでなく家々(おそらく武家や商家)で自家製醤油がつくられていたそうだ(1697年発刊『本朝食鑑』より)。
江戸時代後期には千葉県の野田(その代表が現在の「キッコーマン醤油」)や銚子(最大手が「ヤマサ醤油」)で、質の良い比較的安価な濃口醤油がつくられるようになった。それが江戸の味をつくり、そこから関東、そして全国の市場を席巻し、濃口醤油が日本の醤油のスタンダードになった。
江戸時代の醤油造り:右頁の豆を炒っているイラストは間違いらしい。本文は「にる」となっているそうだ(『広益国産考』より)
江戸期、対馬の醤油事情
『厳原町誌』によると、元禄時代(1700年頃)、藩内で醤油をつくり商う権利「醤油株」は21軒と制限されていた。酒屋20軒、糀(こうじ)屋13軒という記録の中に「醤油屋21軒」ではなく「醤油株21軒」という記載だった。
この頃、醤油はまだ出回りはじめの新しい食品(特に対馬では)であり、醤油だけでは商売が成り立たなかったのではないだろうか。だから「醤油屋」と呼ばれる店はまだ存在せず、おそらく酒屋や糀屋の一部が株を手に入れ、醤油を製造していたのではないだろうか。
1772年(安永元年)の対馬藩の調査報告書に、醤油も油、糀とともに家中(藩士)用を製造していると記録されているが、幕末期の商家148軒の中に醤油屋は見当たらず、江戸時代を通して対馬には醤油のみで商いをする商人は誕生しなかったようだ。
醤油が厳原町特産品のナンバー1に
明治に入ると醤油の需要は拡大し、それにともない供給量も増大した。1884年(明治17年)の『上下県郡村誌』には、厳原市街の物産品の筆頭に醤油が登場し、生産量が320石九斗(中等、内輸出52石5斗朝鮮)と記載されている。つまり約5万8千リットルを生産し、その16%は島外に、特に朝鮮に輸出されていた。
江戸時代、対馬では酒屋が醤油の製造販売も兼ねていたという流れを考慮すると、酒屋が需要急増にともない、醤油の方にも重心を置いたのではないだろうか。
1884年の統計の3年後に江口卯吉が醤油屋を起こすわけだが、この転業は彼が、酒より醤油の商いに未来を感じたことも大きな要因ではなかっただろうか。
観光客にも人気の老舗らしい店舗内 写真提供:対馬醤油江口株式会社
創業者・江口卯吉の時代
大正時代から昭和初期にかけて、多くの人が対馬から韓国に渡った。江口卯吉は、韓国馬山の農場で豆や小麦を育て、醤油工場も馬山につくった。一帯は「江口村」と称されるほど広大だったそうだ。韓国に住む日本人のため、馬山工場は終戦まで稼働したという。
味も良かったのだろうが、このようなビッグプロジェクトを成功させた圧倒的な経営力が、江口醤油を大きくした原動力ではないだろうか。
また、初代の卯吉を語る上で欠かせないのが、干拓事業だ。豊玉町和板の海側は広大な潟地だったが、卯吉はそこを干拓し、広大な農地に変えた。ここでは水田で米をつくったそうだ。現在、和板地区の南を通る国道382号線の左右の農地は、すべて卯吉の干拓によるものだという。
さらに、彼は対馬で最初に水道を引いた人とも言われている。明治30年頃、新しい住まいが海に近く井戸が利用できないため、800mほど離れた万松院近くの川から私設の水道を引き、地域の人も利用できるように街角に水栓(蛇口)を設置し、町の人々から大いにありがたがられたそうだ。
このような偉大な初代の歴史を大切にしたいという思いからだろうか、店の棚に並ぶ醤油の横に、かつて焼酎の瓶に貼られていたラベルが展示されている。江口醤油はここから始まった、と。
額に入った「対馬焼酎」のラベル
島の人口減少=顧客減少の先を見据えて
江口醤油の現在の正式社名は、「対馬醤油江口株式会社」。2021年現在、対馬で1軒だけの醤油屋だ。ともすると寡占状態にあぐらをかきそうだが、5代目当主江口豊隆氏は、新商品の開発から、九州・関西・関東への営業、各地の物産展への参加など、積極的に動いている。やはり、島の人口の減少が危機感としてあるという。
かつて、江口醤油は全国レベルの鑑評会で高い評価を得た。大正8年には、全国調味食品技術鑑評会(醤油の部)で1等に入賞。昭和34年の同鑑評会で優等に入賞。昭和35年は優等賞、昭和36年には優等賞(第1位)を受賞した。
まずは対馬出身者に、だろうか(全国展開)
昭和30年代後半から40年代にかけて、対馬の若者たちは集団就職等で福岡、大阪、名古屋、東京などに出た。その若者たちがお袋の味として懐かしんだ味のベースは江口の醤油であり、全国で高評価を得た江口の醤油は郷土の誇りでもあった。親からの仕送りの中にこの醤油が入っていたが、しばらくすると新天地の味にも慣れた。そんな経験を多くの対馬出身者はしたに違いない。
今、江口醤油は、全国に出て行こうとしている。各地デパートでの九州物産展、長崎物産展では、対馬特産のアナゴと特製タレによる「あなご飯」の提供を通して、「対馬醤油」をアピールするのだ。新しい対馬醤油ファンの獲得をめざしてだが、とりわけ対馬出身者やその子、その孫たちにはぜひ足を運んでもらい、対馬の味、その美味しさを確かめてほしい。
東京や関西のデパートで開催される長崎物産展に積極的に参加 写真提供:対馬醤油江口株式会社
これからの対馬の醤油屋をめざして
気候や諸条件によって品質が変化する「諸味」づくりをやめ、「生揚げ醤油(諸味を搾っただけの醤油)」をメーカーから仕入れるという、製造における大胆な方向転換も行った。人件費削減とともに、江口醤油仕様として醤油の諸要素が数値管理され、品質の安定をもたらした。
それに伴い昭和30年頃から60数年続いた今屋敷工場の諸味づくりも幕引きとなり、工場周辺を包んだ江口の醤油香も厳原から消えた。新たな攻めの経営への大きなマイルストーンだったのではないだろうか。
製造する商品数も増え、かつては“普通”の醤油1種類だけだったそうだが、現在(2021年8月)は、醤油系だけで9品目となった。それ以外の11品目を合わせると20品目に及ぶ。
江口醤油全商品(2021年10月現在)
強力淡口醤油 古くからの醤油で、江口醤油のスタンダード。塩分が少ない分、淡口としては甘く、郷土料理のいり焼には最適。豆酘地区では少し砂糖を加えて刺身醤油にアレンジするらしい
あまくち醤油 平成初期に対馬に入ってきた大分のフジジン醤油(甘口)に対抗するために製造。料理に使うとまろやかな甘さが生まれる
こいくち醤油 普通の濃口より甘め。
うすくち醤油 標準的な淡口醤油
さしみ醤油 強力淡口醤油にみりんと出汁を少し加えたさしみ専用
あおさ醤油 対馬産あおさの風味がたのしめる醤油。かけ醤油として納豆や冷奴に
生姜醤油 冷奴、刺身(特にイカの刺身)におすすめ。豚肉の生姜焼きのベースとしても。かけ醤油として1本常備しておけば重宝する
たまごかけ醤油 卵の甘みを損なわない、塩分控えめ/少し甘め。たまごかけご飯に
丸ごと対馬 だし醤油の素 お好みの醤油を注いで オリジナルのだし醤油が手軽に作れるアイデア商品。対馬産の鯵、しいたけ、あなごの骨からはグルタミン酸、イノシン酸の旨味が出て、味わいもすっきり。そうめんつゆなどのベースや そのままかけ醤油として豆腐や漬物に。酢や柑橘類の果汁を加えると特製ぽん酢に。醤油が減ったら継ぎ足し使えて経済的
<醤油以外の商品>
たまねぎだれ 塩麹入りで、コクがありながらもさっぱりした味わい。サラダ、ステーキ、パスタ、鶏の唐揚げなどに
ごまだれ ゴマの風味がしっかり味わえる。しゃぶしゃぶやサラダに
ゆずだれ サラダ、チキンステーキ、カルパッチョソースなど、幅広い料理に合う
トマトだれ トマトの酸味と甘さのバランスが絶妙。チーズやレタスサラダによく合い、和風パスタソースとしても好適
つぶ粒マスタードだれ 鶏肉をのせた野菜に最適。バーベキューで、焼きたてのウインナーや肉、野菜につけて、スパイシーな味わいをプラス
対馬酢
ぽん酢 3種類の柑橘を使った江口醤油自信のポン酢
麦みそ
米みそ
合わせみそ
焦がし醤油プリン 江口醤油初の醤油を使った洋風スイーツ
焦がし醤油パイ 甘みのある醤油をパイに塗り丁寧に焼き上げた絶品和洋菓子
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