2023年1月11日
イスズミのメンチカツ
海の生態系を守るため、
害魚・イスズミを
美味しい名物料理に変えた!
魚料理のコンテスト「Fish-1グランプリ」でグランプリを受賞
2019年11月17日、東京・日比谷公園で開催された「第7回 Fish-1グランプリ」で、対馬からエントリーした(有)丸徳水産の「食べる磯焼け対策!!そう介のメンチカツ」が、国産魚ファストフィッシュ部門でグランプリに輝いた。
「そう介(すけ)」とは「イスズミ」のあだ名(命名理由は後で解説)のようなもので、イスズミは海藻類を主食とし、磯焼けの原因の一つに上げられている。臭みが強く、獲れても廃棄処分されることがほとんどだ。その厄介者を、見事な加工技術で美味しいメンチカツに変身させ、水産資源として有効活用できるようにした。
環境改善、新しい水産資源の開発、加工技術、そして味。さまざまな面で高い評価を得てのグランプリ受賞だった。
沿岸部の生態系を崩壊させる「磯焼け」
ハワイの海岸は磯の香りがしない。だから海風が心地いいとも言われている。磯の香りがしない理由は、周囲の海に海藻がないからだが、今、対馬がそうなろうとしている。
ハワイように地質(火山岩)によって元々海藻が育ちにくいのであれば問題はないが、対馬は本来海藻が豊かに茂り、それによって海(特に沿岸部)の生態系が維持されてきた島。海藻が無くなれば生態系が崩れ、それまで獲れていた魚介類が獲れなくなり、沿岸漁業や島の経済にも大きく影響する。
この海藻の群落「藻場」が衰退・消失していく現象が「磯焼け」で、英語では「sea desertification」。そこから日本でも“海の砂漠化”と表現されている。日本全国で報告されている事象だが、対馬では2000年頃から異変が起こり始め、2013年頃から顕著になってきた。
以前は海藻が繁茂していたが(写真左)、磯焼けで海藻が消えた(写真右) 写真提供:MIT
「磯焼け」の主要原因、藻食生物による食害
「磯焼け」の原因としては、地球温暖化や海流の変化による水温の上昇、海藻の生育に必要な栄養分の不足、石灰藻など他の雑海藻の繁茂、魚類やウニなどの藻食生物による食害があげられるそうだ。
対馬の場合は、温暖化による海水温の上昇が直接植生に影響したというよりも、冬期海水温が上がったことによって、南方系の魚やウニが増えたことに原因がある、といわれている。
その南方系の魚の中で海藻を主食とする魚が、イスズミ、アイゴ、ブダイなどだ。対馬のイスズミはノトイスズミという種だが、食害によるヒジキの生育不良に関してはその摂食痕から、アイゴとノトイスズミが主原因と考えられている。(ここでは以下、ノトイスズミも含めて「イスズミ」と表現する)
イスズミ:大きいものでは体長70センチ、3キロほどになるものもいる 写真提供:MIT
イスズミを美味しくいただくために
(有)丸徳水産は、自らが獲った魚を調理し提供する直営の魚料理店「肴や えん」を経営している。その責任者が専務の犬束ゆかり氏だ。
「Fish-1グランプリ」のほぼ1年前に発表された2017年度のイスズミ、アイゴの捕獲駆除数は3573匹だったが、すべて捨てられていた。それを知ったゆかり氏は、「親も漁師で、嫁ぎ先も漁師。私は海のおかげで生きてこれた。その海のために私にできることはなんだろうと考えた時、自分には加工技術がある、冷凍庫もある、料理を提供する店もある。食害魚を利用するためのすべてが揃ってるじゃないかと。これは私のやるべき使命だ」と思ったそうだ。
元々、磯臭いイスズミは誰も欲しがらない魚。でもその臭いさえ取り除くことができれば、ゼロ以下の商品価値がプラスに転じるかもしれない。美味しく食べて、漁師たちの稼ぎにもなり、磯焼けも防げれば、こんなにいいことはない。
かくしてイスズミを食用利用するためのプロジェクトがスタートすることになった。
「そう介プロジェクト」始動
プロジェクトの名称を「そう介プロジェクト」と名付けたのは、駆除して食べることで「海そう(藻)」を増やし、「そう(創)意工夫」をすることで、美味しい「そう(惣)菜」に変える等の意味を込め、イスズミを「そう介」と命名しようという、ゆかり氏の提案に由来する。
下処理や調理法について、お店を切り盛りする合間を塗って研究を続けた。獲れてからすぐに冷凍して鮮度を保ち、解凍と同時に三枚に卸して血合を取り除き、切り身を氷水に数回さらすことで、匂いを取り除けることがわかった。
その下処理をしたイスズミの挽肉をさらに美味しくするために、玉ねぎなどを練りこんで味付けをし、揚げたのが「そう介メンチカツ」だ。
熱々を頬張ると、ジューシーなうまみが口いっぱいに広がる。「美味しくない」といわれていたイスズミが、「とっても美味しい」惣菜に生まれ変わった。
この生まれたばかりの「そう介メンチカツ」を、新たな魚の魅力として発信すべく、2019年秋に開催される「Fish-1グランプリ」に出展しようとことになった。
「Fish-1グランプリ」でクリスタルトロフィーを持つ犬束ゆかり氏 写真提供:MIT
各方面から高く評価され、さらなる受賞も
「Fish-1グランプリ」でグランプリを受賞すると、さまざまなことが一挙に動き出したという。
対馬市もこのプロジェクトに注目し、生態系の回復にも貢献することを大きく評価。長崎県や国に積極的にアピールすることになった。
その甲斐があり、長崎県漁業協同組合連合会から、連合会長賞(魅力ある経営体部門/技術・担い手の部)を受賞。
国(水産庁)からは、対馬地区地域水産業再生委員会として、2020年度 浜の活力再生プラン 優良事例表彰で、農林中金理事長賞を受賞した。植食性魚類のイスズミを効果的に駆除する方法を確立し、食用利用の可能性を大きく開き、持続的な藻場保全活動を推進したことが受賞理由だった。
メンチカツの後に商品化された「そう介のいりやき」。対馬の名物鍋料理「いりやき」の具材にイスズミのつくねを使う。お土産品としても好評
加工の難しいアイゴやエイなどの未利用魚も
イスズミと同様に磯焼けの原因魚として問題視されているのが、アイゴ。背びれ、腹びれ、しりびれにトゲがあり、トゲ先に毒がある。さらに特有の匂いがあるので市場価値が低く、漁の対象とはなっていない。イスズミ同様かなりの厄介者だ。
丸徳水産ではそのアイゴや、尾の先にトゲがある未利用魚のエイを加工する技術も開発。未利用魚が商品価値を持つことにより、漁の対象が増え、漁師たちのプラスにもなり、環境改善にも役立つ。
ちなみに、丸徳水産が加工したアイゴのフィレは、東京銀座のイタリアンレストランで食材として提供されているそうだ。加工の難しい魚だが、上手に調理すれば高級食材に化ける。アイゴはもっと見直されていい魚とも言えそうだ。
さらなる磯焼け防止と環境改善へ
ゆかり氏は、イスズミのメンチカツが島内の学校給食で利用されるようになったことをきっかけに、給食センターの栄養士に食害魚を使ったメニューを提案。それをベースにしながら共同で献立研究の機会を設けるなど、食害魚の利用促進に奮闘している。
さらに「肴や えん」併設の「丸徳キッチン」では、獣害問題に取り組んでいる一般社団法人「daidai」と提携し、2021年6月から1カ月1回のペースで、ジビエ肉とイスズミを合わせたコラボ弁当を販売。山の食害と海の食害という、山と海の環境被害を広く島民に意識してもらうことが目的だ。
イノシシ肉のしぐれ煮、スパイシーチキン風に味付けしたイスズミなどが入ったコラボ弁当 写真提供:丸徳水産
肴や えん (丸徳水産 飲食部)
〒817-0322 対馬市美津島町鷄知乙332−1
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