対馬全カタログ「生き物」
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2021年3月31日更新
写真提供:対馬野生生物保護センター
ツシマヤマネコ
【食肉目・ネコ科】
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大陸と陸続きだった氷河期の
遺産も、今は対馬のアイドル。
が、絶滅危惧種でもある
100年以上前に、天然記念物に
 ツシマヤマネコの存在は、対馬では昔から知られていたが、かつては狩猟の対象でもあった。それが学問的にヤマネコとして確認され報告されたのは、1908年(明治41年)、アメリカの生物学者O・トーマスによってだった。
  1919年(大正8年)、「史蹟名勝天然紀念物保存法」が制定され、日本で天然記念物の保護行政が始まると、ツシマヤマネコも天然記念物に指定された。(同時に、ヒトツバタゴ、白嶽原始林、龍良原始林、キタタキ生息地[御嶽]も指定)
 しかし、その保存法制定後も狩猟は続き、1949年に「非狩猟鳥獣」に指定されるまで、対馬では貴重なタンパク源として重宝されたようだ。
 1971年には、文化財保護法によって「国の天然記念物」に指定され、保護の対象となったが、交通事故やシカの食害等で頭数を減らし、現在、島全体で80~110頭が生息していると推測されている。
ツシマヤマネコは、10万年前
 ツシマヤマネコがベンガルヤマネコの亜種ということは、明治時代からわかっていたが、それではツシマヤマネコはいつ対馬に閉じ込められたか、つまり、いつ対馬は大陸から切り離されたのか、については、長い間「最終氷期が終わってから」と考えられており、対馬と大陸が分断されたのは、1万年前~2万年前とされていた。
 そこに登場したのが、あのDNA分析だ。1995年の「イリオモテヤマネコとツシマヤマネコの渡来と進化起源」という論文で、イリオモテヤマネコとベンガルヤマネコ間、ツシマヤマネコとベンガルヤマネコ間、それぞれのDNAの中の“ミトコンドリア・チトクロームb遺伝子の塩基置換率”を比較。イリオモテヤマネコは20万年前にベンガルヤマネコと分岐し、ツシマヤマネコは9~10万年前に分岐したことが発表された。
 この数字は1991年発表の、海水準変動に基づいて推定された朝鮮海峡の形成年代とも一致し、2010年に発刊されたツシマヤマネコを語る書籍『ツシマヤマネコって、知ってる?』などでもこの説が採用され、ツシマヤマネコは「約10万年前」、イリオモテヤマネコは「約20万年前」というのが定説になりつつある。
ツシマヤマネコと、イエネコの差
 ツシマヤマネコの写真を見てまず気付くのが、頭から鼻にいたる左右対称の強烈な縞模様ではないだろうか。それと太い尻尾もイエネコではなかなか見ることはない。ツシマヤマネコの特徴を箇条書きにしてみた。

①体全体にヒョウ柄ほどくっきりではないが、斑点模様がある。
②一般の猫にくらべ胴長で短足。
③耳が小さめで、先が丸い。
④耳の裏に白い斑点がある。
⑤額(頭部から鼻に至る)に白とこげ茶色のくっきりとした縞模様がある。
⑥尻尾が太くて長く(20~28cm)、はっきりしない横縞模様がある。
⑦どちらかというと丸顔。だから、ヤマネコという名に反して、カワイイ。(同じヤマネコでも、イリオモテヤマネコの顔はシャープ)
⑧明るいところでは、虹彩が縦長の楕円形。(イエネコは縦線状)
⑨足の爪が引っ込んでいて、足跡に爪の後が残らない。(獲物を捕らえる時や興奮した時には、爪が出てくる)
外見はキジネコと呼ばれるイエネコとかなり似ているが、遠目には太く長い尻尾がもっとも判別しやすい特徴
動き回るオス、動かないメス
 ツシマヤマネコは2~3月に交尾し、4~6月に1~3頭を出産する。そして、生まれた子は母親とともに行動し、交尾期を前に親元を離れていくそうだ。
 交尾期にはオスはメスを求めて行動圏を拡大し、親元を離れた子は自分の行動圏を獲得するまで動きまわるという。受信機装着による調査では行動圏として1000万平方メートル(例えば3km×3.3km)という広いエリアを動くケースもあったそうで、そのため、この時期は道路を横断する機会が増え、交通事故にあうことも増えるようだ。一方メスの行動圏は、50万~200万平方メートル。オスの5分の1程度だという。
 夜行性というイメージの強いツシマヤマネコだが、日中でも結構活動しているが警戒心が強く、日中に人の気配があるところにはなかなか出てこない。
 一番活発になるのは明け方と日暮れ時で、こういう特性を薄明薄暮性というそうだ。交通事故もこの時間帯に多いという。
森の中のツシマヤマネコの親子
肉食率、ほぼ100パーセント
 肉食獣として対馬の生態系の頂点に立つツシマヤマネコ。対馬の三大肉食獣(ツシマヤマネコ、シベリアイタチ、ツシマテン)の中では一番肉食率が高く、ほぼ100パーセント。たまに繊維質の植物(イネなど)を食べるが、目的は消化を助けるため、つまり植物性の食物繊維が必要な時だという。
 餌となる動物は、主にツシマアカネズミ、ツシマヒメネズミ、モグラの仲間のツシマヒミズなどの小型哺乳類で、その他に鳥類や、カエルなどの両生類、は虫類、昆虫などだ。
 また、ネコはマタタビを好むといわれるが、ツシマヤマネコもイリオモテヤマネコもマタタビには興味を示さないらしい。
餌を見つけたのか、低い姿勢で前進
絶滅危惧種に至った5つの原因
 1994年、ツシマヤマネコは「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」による国内希少野生動植物種に指定された。さらにその4年後、1998年には、絶滅危惧指定の中では最も厳しい絶滅危惧IA類に指定された。
 ツシマヤマネコ減少の原因として、大きく5つあるという。
①森の荒廃、田畑の減少、道路による生息地域の分断
②交通事故の多発
③ネコならではの感染症(ネコ免疫不全ウイルス感染症・ネコ白血病ウイルス感染症)
④狩猟用のワナ
⑤野良猫、野犬の攻撃
赤外線カメラによる自動撮影(2014/6/30 4:50)
自然力の復活が、何よりの対策
 ①の森の荒廃の主原因は、40年前から問題になっているシカの食害だ。対馬の自然を守るためにも欠かせないシカの頭数コントロールが、最も有効な対策となるが、猟師の増加、処理施設の拡充、ジビエ肉の需要拡大など、さまざまなファクターの改善が求められる。
 田畑の減少は、休耕地が増えているということで、ヤマネコにとってはエサの減少につながっている。休耕地を復活させること容易ではないだろうが、農業の大規模化などによる島の農業の再興が、そのままヤマネコの生息環境の復活に繋がる。
運転者なら誰でもできる対策
 ②の交通事故に関してだが、1992~2010年の18年間に51頭が交通事故にあい、44頭が死んでいる。2006年は多くて、8件の交通事故で7頭が死亡したそうだ。
 また、特に9~12月は、親離れしたばかりの若ネコが自分のすみかを求めて動き回るので、交通事故の多発期間となっている。
 行政としては、情報を収集し、多発が予想される区間には施設の改善、注意標識の設置等の対策を講じているそうだ。
 突然の飛び出しで避けられない場合もあるが、多発エリアはスピードを落として運転するなど、人の努力で改善できるはずだ。
ヤマネコ事故多発エリア標識
ヤマネコ飛び出し注意看板
感染症対策は、まずイエネコから
 ③のネコの感染症に関しては、島外からのイエネコの移入と野良猫の増加が原因だそうだ。対馬で純粋培養されたも等しいツシマヤマネコは感染症に対する免疫がなく、感染症の影響は大きいと言われている。
 1996年にツシマヤマネコで初めてイエネコ由来と推定されるFIV (ネコ免疫不全症候群ウイルス)陽性の個体が発見された。その後具体的な対策がなされないまま、2000年に2件目、さらに1件のFIV感染が報告されている。
 また、FeLV (ネコ白血病ウイルス)が対馬の各地で流行し、2件のヤマネコのFeLV感染が報告されている。
 ヤマネコと餌資源を競合する野生化したイエネコ、いわゆる野良猫が感染源と考えられている。対策としては、イエネコを野良猫にしないことと、イエネコの感染症対策を徹底することだ。
 2005年に行政、獣医師会、NPOなどが参加した「対馬地区ネコ適正飼養推進連絡協議会」が設立され、イエネコの個体登録、室内飼育、避妊去勢手術、ワクチン接種などが無料で実施されている。「ノラネコ問題解決はまずは飼われているネコの適正飼育から」をモットーして掲げている。
さらなる動物愛護の意識の高揚
 ④のワナに関しては、2007年に長崎県の「第10次鳥獣保護事業計画」が策定され、トラバサミの使用が禁止された。遅まきながら被害は減ってきているとのことだ。但し、まだ皆無ではないという。
 トラバサミは禁止されたが、「はこわな」と「くくりわな」は獣害対策のために欠かせず、その罠にヤマネコが掛かることもある。発見、届け出が早いとほとんど個体に影響を与えないそうだが、これも島民のヤマネコを大切にしようという意識があってのことだ。
 ⑤の野良猫、野良犬の件は、イエネコ、飼い犬を“野良”にしないという、当たり前のことが何よりの対策になる。また、犬の放し飼いもヤマネコによっては脅威だ。
1997年、上県町に対馬野生生物保護センター開設
 前述のように、1949年に「非狩猟鳥獣」に指定。1971年には文化財保護法によって「国の天然記念物」に指定されたが、頭数減少に歯止めはかからなかった。。
 1994年、種の保存法に基づき「国内希少野生動植物種」に指定されたが、哺乳類では長らくイリオモテヤマネコと本種の2種のみが指定種であった(現在はダイトウオオコウモリ、アマミノクロウサギ、オガサワラオオコウモリが指定され、5種となった)。
 環境庁(現・環境省)は同法に基づき、1997年に上県町に「対馬野生生物保護センター」を開設。ツシマヤマネコなどの生態調査、交通事故被害やFIV感染した個体の保護、住民への環境教育や啓発活動などを行っている。
 さらに、2014年には、保護したツシマヤマネコを自然環境に戻すための訓練を行う「ツシマヤマネコ野生順化ステーション」が、厳原町内山地区付近に設置された。
 現在ツシマヤマネコは、飼育下個体群の遺伝的多様性を高めるとともに、災害や感染症などに備えて危険分散を図る目的で、対馬野生生物保護センター以外に、 井の頭自然文化園・ よこはま動物園ズーラシア・福岡市動物園・富山市ファミリーパークのそれぞれで「分散飼育」されている。
「対馬野生生物保護センター」
ツシマヤマネコ野生順化ステーション
新人ヤマネコの名称は、「かなた」
 対馬野生生物保護センターでは、保護したものの自然に戻せないヤマネコや、動物園で生まれたヤマネコを引き取り、野生動物愛護の啓蒙を目的に、2003年から一般公開を行っている。
 現在の一般公開ヤマネコは、4代目で名前は「かなた」。2015年4月13日に福岡市動物園で生まれた。名前は公募により選ばれ、「かなた」は古代の山城「金田城(かなたのき)」と、福岡という海の“彼方(かなた)”から来たことに因み、さらに海の彼方からたくさんの人に見に来てほしいという願い込めてのことだという。
 「かなた」の公開は休館日(原則毎週月曜)を除く午前10時~正午、午後0時半~4時半。問い合わせは同センター(電0920.84.5577)。
4代目公開ツシマヤマネコ「かなた」
2021年3月、人工授精による繁殖に成功
 2021年3月22日、絶滅危惧種の保全において画期的なニュースが流れた。2006年からツシマヤマネコの保護増殖に取り組んできた「よこはま動物園ズーラシア」で、2021年3月18日に1匹のツシマヤマネコが誕生したのだ。日本初のツシマヤマネコの人工授精による繁殖の成功だ。
 ズーラシアでは、腹腔鏡を使い精子を直接卵管内に注入するという最新の人工授精を試みるために、2019年11月に13歳のオスと5歳のメスを飼育をスタート。前年12月に母ネコに人工授精し、約4カ月の妊娠期間を経ての出産となった。3度目のチャレンジでの成功だった。
 ツシマヤマネコの分散飼育や繁殖には、環境省が中心となり全国9施設で取り組まれている。自然繁殖は既に成功しているが、腹腔鏡手術による人工授精は「遺伝的多様性の確保や種の保全につながる」として高く評価されている。
毎日新聞2021年3月24日朝刊に掲載された記事(一部)
企業もツシマヤマネコ保護活動「舟志の森」
 セメント会社(住友大阪セメント)が原料採取用地として取得した森林が遊休地となったがそこを売却せず、2007年から社会貢献活動の一環として「ツシマヤマネコ」保護のために活用する活動を進めている。
 森林の広さは約16ヘクタール。森の間伐やヤマネコの餌となるアカネズミなどの小動物が食べるどんぐりなどの実が育つ広葉樹を植林し、苗木が鹿などに食べられないようにカバー。さらにエリアを鹿よけネットで囲い、下草を鹿から守ることによって、小動物が天敵から隠れやすい環境をつくるなど、ツシマヤマネコにとって住みやすい環境になるよう活動が続けられている。
ここからが「舟志の森」
「舟志の森」の中の啓発看板
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