2021年3月27日更新
全写真:境 良朗氏
ツシマウラボシシジミ
【チョウ目・シジミチョウ科】
熱帯の蝶がなぜ対馬に?
謎と不思議が交錯する
小さき蝶の未来は守られるか
日本発見日は、1954年8月4日
対馬では94種の蝶が確認、記録されているそうだが、その中で対馬固有種として最も広く知られているのが、ツシマウラボシシジミだ。1954年(昭和29年)8月4日、上県町佐須奈の杉林で、当時長崎大学の学生であった浦田明夫氏によって7頭が採集され、日本では新発見の種として発表された。
「ツシマ」とついているが、原産地はインドのアッサム地方。その後、台湾やベトナムでも発見されたが、発見当時、このような熱帯系の蝶が、どうして日本に、しかも対馬のような離島に生息しているのか、大きな話題になったそうだ。
学名は、Pithecops fulgens tsushimanus (Shirozu & Urata, 1957)といい、亜種名に「ツシマ」,命名者として発見者である浦田氏の名前が付記されている。
杉林の中を通る林道で出会えることも
“翅の裏に星”が目印
ツシマウラボシシジミは、国内に生息している蝶としては最小の部類で、前翅長が1~1.5cmほど。オスの翅表は熱帯の蝶らしく鮮やかな青色に輝き、メスは地味目の黒色~灰色。翅裏は雌雄ともその和名の由来でもある、白の地に黒い星(斑紋)があり、注意深く見れば誰にでもそれとわかるそうだ。
成虫は、年4~5回、5~10月頃に発生し、秋の交尾で生まれた幼虫は、その年には蛹(さなぎ)にならず、巣をつくり幼虫で越冬して、翌年の春に蛹になる。この越冬前の幼虫の造巣行動に、熱帯の蝶が対馬で生息できた理由を求める説もあるという。
食餌植物は、マメ科のヌスビトハギやフジカンゾウなど。各種の花で吸蜜するが、中でもハエドクソウが好物だそうだ。
生息場所は、沢沿いのスギ植林地や広葉樹林の林床、沢に沿った林道横のシイタケの栽培地など。
オスの表(左)、裏(右)
メスの表(左)、裏(右)
一気に生息域を広げた1990年前後の不思議
ツシマウラボシシジミは、なぜか対馬でも上島のみに生息し、発見当初の生息域は、対馬北部の木漏れ日の差すやや薄暗い杉林に限られていたという。次第に分布が南の方へ広がり。南限は美津島町濃部だったそうだ。
対馬の昆虫研究の第一人者・境 良朗氏は、生息域拡大期のことを、自らのサイト『対馬の昆虫館v2』で次のように語っている。
「1990年前後はもっとも活発な活動が見られた時期で、直射日光の当たる場所にもバンバン進出してきたり、数メートルもある杉の樹上を一気に飛び越えたりと、今までのイメージを覆す行動が観察されました。
何か特別なスイッチでも入ってような感じでした。その後徐々に終息し、個体数を減らししていきました。種そのものの寿命を感じた原因の一つです。
次第に分布域を南に広げていたころの原動力は飛翔力にあると思っています。
通常は杉林の下草の辺りを弱々しく飛翔しているので、移動性は小さいという印象を受けます。しかし、このように飛翔していた個体が、突然上空に舞い上がり、杉の樹冠を飛び越えて姿を消したのを何回も目撃したこともあります。」
発見者の浦田氏も、ツシマウラボシシジミの飛翔の特徴として、「余り活発でなくゆるやかに飛び、1回の飛朔距離も短くてすぐに植物にとまる」と記録している。
1990年前後の一時期ではあるが、驚異的な飛翔力を発揮し、生息域を広げたツシマウラボシシジミ。何が引き金になったかは不明だが、あれが種としての最後の輝きにならぬように、注意深く見守る必要があるようだ。
「林道の木漏れ日が差す中をチラチラと飛翔する様子はこのチョウ独特の雰囲気を持っています。」(境良朗氏)
2017年に、国内希少野生動植物種=絶滅危惧種に
2000年代に入りツシマジカが5万頭(適正頭数3,500頭)まで増えると、その食害によって対馬の自然は大きな変化を強いられることになった。林床植生は失われて乾燥化、土壌流出がすすみ、林業の衰退による杉林周辺の環境悪化も伴い、幼虫の餌となる植物(ヌスビトハギ・フジカンゾウ・ヤブハギなど)が激減した。
それに伴い、一時生息域の拡大に成功したツシマウラボシシジミだが、逆に分布域を大きく縮小することになった。かつては沢沿いに普通に見られたが、ほとんどの生息地で絶滅し、現在はごく限られたエリアで観察できるのみ。日本でもっとも絶滅が危惧される蝶となった。
2017年(平成29年)、種の保存法に基づく「国内希少野生動植物種」に指定され、これによりツシマウラボシシジミの捕獲・売買・譲渡は原則禁止。さらに保護増殖事業計画が策定され(2017年)、現在チョウ類の保全団体、昆虫館、対馬市、環境省などによって生息状況の調査、飼育繁殖、環境の保全活動が実施されている。
かつてツシマウラボシシジミが生息していた環境もシカやイノシシの害により激変
人工繁殖から野外復帰へ
ツシマウラボシシジミの生息域外保全活動は、東京都足立区にある「足立区生物園」や、長崎県西海市の「長崎バイオパーク」などで取り組まれている。
普通飼育されているチョウの交尾はチョウ園などの温室で自然に行なわれるが、ツシマウラボシシジミはこの自然交配がとても難しいそうだ。メスはしつこく追いかけてくるオスを好むようで、オスが振り切られることが多く、なかなか交尾には至らないという。だから確実に交尾させたい場合は容器に入れて行なうそうだ。
1匹のメスが平均40個の卵を産み、孵化した後は職員がヌスビトハギの新芽や蕾、花、種などのえさを与えて飼育。秋に生まれた幼虫は今年中には蛹にならず、幼虫で越冬して、来年の春に蛹になるのだが、ツシマウラボシシジミの飼育で一番死亡率が上がる難しい時がその越冬期だという。
この飼育の難しい蝶が、人工繁殖によって個体数を増やし野外復帰できるのはいつの日か。たとえ対馬に放たれたとしても、生息域を拡大した頃のオスのタフさが復活すること、対馬の食餌環境の充実が、その鍵を握っているようにも思えてくる。
葉上での交尾
フジカンゾウに産卵
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