2021年3月27日更新
全写真:境 良朗氏
ツシマヘリビロトゲハムシ
【コウチュウ目・ハムシ科】
まだまだ観察例の少ない
対馬の不思議昆虫。
人呼んで「トゲトゲファイター」
昆虫学会では新参者だった対馬在来種
1976年に発刊された『対馬の生物』にも紹介されているこの虫は、「珍種ツシマヘリビロトゲハムシ Platypria melli Uhmann, 1955」と紹介されている。このことからこの珍種は、学名「Platypria melli」。ドイツの昆虫学者でトゲハムシ(Hispines)の専門家として有名なErich Uhmann氏によって、1955年に命名されたことがわかる。
この虫が対馬で採取された最初の記録が1960年6月3日なので、1955年の命名は、中国南部に生息するといわれる同種に対して、ということになる。
1960年採取の虫が、「Platypria melli Uhmann, 1955」と同定された記録は1966年だが、和名「ツシマヘリビロトゲハムシ」の命名はいつだったのだろうか。
見事なトゲトゲの上翅がこの虫の魅力
長い和名の由来
長い和名「ツシマヘリビロトゲハムシ」は、「ツシマ」「ヘリ」「ビロ」「トゲ」「ハムシ」の5つの要素からなっている。「ヘリ」は縁(へり)で、縁が広いから「ヘリビロ」、「トゲ」はご覧の通りで、「ハムシ」は葉を食べ、主に葉に寄生する虫の総称だ。
かつて「トゲハムシ」は「トゲトゲ」と呼ばれた期間が長く、平成初期の図鑑ではまだ「トゲトゲ」のままのものもあるらしい。
また、一部の研究者間で通用している愛称「トゲトゲファイター」がいかにもで、面白い。トゲトゲの鎧をまとった戦士。この虫のイメージが伝わってくる。
トゲだらけなのに、本当に小さい
対馬の不思議はここにも
対馬の昆虫の中では大陸系に分類される「ツシマヘリビロトゲハムシ」。日本では対馬だけ、国外では中国南部にも生息していると言われている。寄生植物は対馬では珍しいケンポナシで、沢沿いの湿気の多い場所に生えている。よく似ている植物も多く,なかなか見つからないそうだ。そんな対馬で、なぜ遠く離れた中国南部の虫が生存し続けてきたのだろうか。
あの「ツシマウラボシシジミ」が本来は熱帯の蝶であることも不思議だが、「ツシマヘリビロトゲハムシ」も対馬の不思議の一つだ。
ケンポナシの葉裏を探せば、こんな感じでくっついている
トゲトゲはやはり身を守るためか
「ツシマヘリビロトゲハムシ」は体長6mmほどの小さな虫だ。そのトゲトゲの小さな虫が、通常はケンポナシの葉裏にじっとしているそうだ。葉表よりも安全だからだろうか。
最大の特徴のトゲトゲは上翅(じょうし)と呼ばれる外側の羽根に付いており、やはり捕食されるのを防ぐためだろうか。飛ぶ時にはその重さゆえにかなりエネルギーが消費されると想像できるが、進化の過程で必要と判断されたのだろう。
飛翔する際は、上翅を上に上げてから、その下に隠しておいた後翅を大きく広げて飛ぶ。その飛び姿もユニークだ。おそらく長い距離は飛べないのではないだろうか。
飛び立つツシマヘリビロトゲハムシ(合成写真)
成虫もユニークだが、幼虫も面白い
「ツシマヘリビロトゲハムシ」の幼虫は、なんとケンポナシの葉の表と裏の間で、つまり葉の中で多くの時間を過ごす。
卵から孵化した幼虫は葉の表と裏の間に薄いトンネルをつくり,葉脈に沿って葉を食べ進んでいく。
幼虫期間はおよそ20日ほどで、そのほとんどを葉の中で過ごした後、蛹化場所を探すために初めて潜行場所から出てくるそうだ。
葉の中を潜行する幼虫(矢印は境良朗氏)
蛹も葉の中で育つ
幼虫が成長し、蛹になる直前のものを終齢幼虫という。「ツシマヘリビロトゲハムシ」の終齢幼虫が葉の中から出てくると、まず蛹室をつくる場所を探しはじめる。
住んでいた葉から離れ、新天地を求めて葉柄や茎を移動し、別の葉に移ることもある。蛹室は、葉の主脈に頭を向け、支脈が蛹室の中心になるようになっている。
場所が決定すると、頭を左右に動かし、葉の表面に切れ込みを入れ、そこから葉の表と裏の間にトンネルを掘り始める。体がすべてカバーできる長さ(体長の約1.5倍)まで掘れば、袋状、ポケット状の蛹室の完了だ。
蛹室の中で約1カ月。体は成虫へと変化していく。
終齢幼虫が蛹室に適した場所を見つけると、体の幅が十分入るような切り込みを入れる
葉の中身を食べながら中へ中への入っていく
体を完全に覆えるまで、体長の1.5倍ほどまで掘り進む
支脈を屋根の中心軸とした蛹室の完成
成虫期間は長く、寿命は約1年
ツシマヘリビロトゲハムシの周年経過については、以下のことがわかっているそうだ。
●成虫期間が約1年で、成虫越冬する。
●越冬後、5月上旬から中旬にかけて交尾、産卵し、7月下旬までに死を迎える。卵から死に至るまでの寿命はほぼ1年2カ月。
●卵期間は10日程度。
●幼虫の期間(蛹室作成まで)は25日程度。
●蛹の期間は10日くらいで、6月下旬頃から羽化が始まる。10月には越冬のために、ケンポナシの葉から姿を消す。越冬地は不明。
●年に1回孵化する「年1化性」。(9月にも幼虫・蛹が見られたという「年2化性」の観察例もある)
ツシマヘリビロトゲハムシの生活サイクル(作成・提供:境良朗氏)
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