対馬全カタログ「生き物」
観光    特産品  歴史  社寺  生き物
村落  民俗・暮らし  アウトドア  キーワード
2021年3月28日更新
全写真:境 良朗氏
アキマドボタル
【コウチュウ目・ホタル科】
i
対馬には、
秋の夜に光り舞う
ホタルがいる
アキマドボタルは、対馬だけ
 ホタルと言えば、夏の季語になっているように、旧暦の夏にあたる梅雨の頃に飛ぶのが、日本の常識となっている。それというのも、日本には約40種のホタルがいるが、圧倒的にゲンジボタルとヘイケボタルの二大種が多く、ホタルと言えばそのどちらかを指し、ゲンジボタルは梅雨に、ヘイケボタルは7~8月に発光する。
 しかし、対馬に棲むアキマドボタルは名前にもあるように、秋に光る。朝鮮半島・中国に分布する大陸系のホタルで、日本では対馬にだけに生息している、対馬固有種だ。
豆酘崎で光り舞うアキマドボタル
アキマドホタルのオスの特徴
 アキマドボタルは、9月から10月にかけて現れ、日没から1時間程度が飛翔時間。概ね7時30分頃には草むらに隠れる。飛翔速度は早く、ほとんど点滅しない。つまり、光りっ放しだ。点滅するホタルとは違った趣がある。そして、その光は日本のホタルの中では最も明るいそうだ。
 飛ぶのはオスだけで、体長は2cm前後。日本のホタルとしては大型で、胸部背面は黄褐色の半透明の大きな“窓”となっており、マドボタル属の一種として分類される。秋に発光するマドボタル、ということで「アキマドボタル」と命名された。
 余談だが、「蛍の光」に詠われているホタルは、もしかしたらアキマドボタルのような点滅しないホタルではないだろうか。中国には100種類以上のホタルがいるそうだが、何十匹も集めて本が読めるほどの安定した明るさを得るには、点滅しないホタルでないとちょっと厳しい。アキマドボタルを知ってはじめて、「蛍の光」の歌詞が実感として納得できるようになる。
アキマドボタルのオス:頭にみえる“窓”はヘルメットのようなもの、実際の頭部はその裏にある。
メスは幼虫のようで、飛べない
メスは羽根が退化してイモムシのような姿をしており、飛べないが発光はする。体長26mmぐらいで30mm近くに達する個体もいる。うすく赤味のある白色幼虫型。羽根は中胸背面に一対の退化した黒い羽根があるだけで飛べない。
草むらなどをはいまわり、光を点滅するので、その居場所を知ることができる。
 オスに比べて数は極めて少なく、草むらで光とフェロモンを放ちながら、じっとオスを待ち続ける。
 メスに近づいたオスは触角でメスにさわり、確認すると素早く背後に。 後ろから馬乗りのようになって交尾態勢に入る。
メス
陸生のホタルで、生息域は全島
 「アキマドボタル」は、水辺に棲むゲンジボタルやヘイケボタルとは違い、陸生のホタルなので、川ではなく畑や草むらなどで多く見られる。特に畑地や水田の周辺で、クズなどの植物が繁茂した湿度の高い解放的な環境を好むそうだ。
 餌はウスカワマイマイをはじめとするカタツムリなどの陸生の貝類。イノシシやシカによる生息環境の悪化はあるものの、アキマドボタルの生息域は全島に広がっており、個体数も決して少なくないそうだ。飛翔数はわずかだが庭でホタル観賞できる家もあるという。
ホタル観賞期は、9月上旬~10月中旬
 オスの成虫の発生期は9月上旬~10月中旬で、メスの発生期は9月下旬~10月中旬。この差は、体長差と身体のしくみが原因で、メスの方が生育に時間がかかると考えられている。
 オスは成虫になると、昼間は草むらで身を隠し、陽が落ちて辺りが薄暗くなった頃、一筋また一筋,蛍光グリーンの光を発しながら現れ、地上 1~4mの高さを、人がゆっくり歩くほどの速さで飛び回る。
 飛翔しては時々草の上に舞い降り、体を休め発光しないこともある。活動の適温は平均18~20℃。気温が下がると活動が鈍くなり、雨や風の強い時、明るい場所では草むらに身を潜めているという。
 発生数は、一望 1~30匹程度だそうだ。年によって発生数に差があり、餌になるウスカワマイマイの数が、気象によって変化するのが原因と考えられている。
豆酘崎にて
メス、幼虫、蛹も発光する
 メスは飛べないが、光は発する。草むらや草の生えた土手などで体をよじり、発光器を上向きにし、ひときわ明るい黄緑色のボーとした光をともして雄を待ち受ける。
 幼虫も発光するが光は弱い。光を当てると、発光も行動も停止する。蛹も時折黄緑色の淡い光を放つそうだ。
 成虫は、雌雄とも水、酸素しか摂らない。種の保存活動を終え、20日ほどで光の生涯を終えるという。
交尾
 メスの光をキャッチした雄は、草上に舞い降り,さらにメスのフェロモンに誘われて近づき交尾となるが、相性があるのか、交尾に至らないオスもあるという。個体数はオスの方が圧倒的に多く、1匹のメスに複数のオスが群がることも間々あるそうだ。
 交尾は一昼夜に及び、交尾後は雌雄とも活動が鈍くなる。交尾を終えたメスは、石や草の下に潜り込み50~60個の卵を産み、1週間程度でその一生を終える。卵は、その年は越冬し、翌年5月にふ化して幼虫になる。
 交尾を終えたオスの寿命は不明だが、10月中旬まで飛んでいるのは未交尾のオスらしい。
この態勢を一昼夜も維持する
アキマドボタルのライフサイクル
 幼虫は4~5月にかけて誕生し、陸上生活をおくる。夜行性でシャクトリムシのような動作で移動する。成長とともに脱皮を繰り返し、その年は越冬。翌年の5月に地上に出て餌を求めて活動する。成熟した幼虫は、 8月下旬に土中に潜り最後の脱皮を終え蛹となる。
 蛹はゲンジボタルのような土まゆは造らず、コケ、石、草の下など、軟らかい土の中で体を丸めた状態で動かない。蛹期間は約1カ月で、その後、成虫として秋の夜に光を放ち、交尾し、卵からほぼ2年間の一生を終える。
アキマドボタルのライフサイクル
成虫より大きな幼虫
発光の目的、仕組み
 ホタルの発光は、子孫の残すための配偶行動の際、仲間とのコミュニケーションに使われていると考えられているが、アキマドボタルの発光は、明滅のほとんどない黄緑色光。配偶行動の際のコミュニケーションがきわめて単純で、種を認定する情報を伝えていないと言われている。
 アキマドボタルは発生が秋で、対馬では他のホタルと時期が異なるので、種を確認し合う必要もないだろうが、位置を確認し合うことには役立っているはずだ。
 光を発光する器官「発光器」は、発光細胞からなる発光体と反射器、発光体の表面にある透明な層からできている。発光細胞中につくられる発光物質ルシフェリンが、ルシフェラーゼという酵素によって酸化されることによって発光する。
 ホタルに限らず、生物の発光は電気による光源と比較すると効率が非常に高く、熱をほとんど出さないそうだ。このため「冷光」とよばれている。
餌であるウスカワマイマイのこと
 ウスカワマイマイは、カタツムリの一種で、北海道南部以南から九州、朝鮮半島南部に分布する。草むら、田畑、民家の庭に生息し、林には生息しない。
 殻は黄色から淡赤褐色で、薄くて丸く、体の色が透けて見え、黒ずんだり、斑点があるように見える。軟体部は食べる餌に影響され淡黄褐色から黒色まで変異が著しい。
 成貝は、殻高約10mm、殻径15mm前後。雌雄同体で、産卵期は春と秋の2回。夜行性だが、曇雨天日には昼間でも活動し、成貝または幼貝で越冬する。
 ウスカワマイマイは、人が気付かないうちに野菜などを食い荒らす。農家にとっては害虫であり、多湿で有機物の多いほ場に被害が多いが、アキマドボタルの幼虫が年中食するので被害は少ないという。
昆虫関係者からの“指定”への疑問
 アキマドボタルは、下記の指定を受けている。
●阿須川のアキマドボタル生息地 県指定(S41.5.26)
●アキマドボタル 市指定(H20.3.31)
 阿須川の一部が生息地として県指定された当時、アキマドボタルは厳原市街のどこでもごく普通に見ることができた。あえて阿須川を指定する特別な理由はなかったそうだ。まして陸生のホタルなので、阿須川が生息地というわけではない。
 市の種指定についても、現在の生息状況から考えてその根拠が弱いとも言われている。種指定によって採集禁止となったこともあり、昆虫関係者の間には指定を訝る声もあるそうだ。
 ただ、生息地指定はともかく、種の指定によって、島民のアキマドボタルを大切にしようという意識は醸成される。それはいいことのように思われるのだが。
Ⓒ対馬全カタログ